1988-08-04 第113回国会 衆議院 予算委員会 第1号
○矢野委員 つまり、総理、今の御答弁をお聞きのとおり、駆潜艇「うみたか」の乗員に対して教育や操作法、操艦についての訓練を実施した。「うみたか」が所属する大湊地方隊の艦艇運航幹部に対して講習を実施した。あるいは潜水艦「ゆうしお」につきましては、この「ゆうしお」が所属する第一潜水隊群司令官から指揮下の各潜水艦乗員に対して教育訓練を徹底した、あるいは自衛艦隊司令官から注意を喚起した。
○矢野委員 つまり、総理、今の御答弁をお聞きのとおり、駆潜艇「うみたか」の乗員に対して教育や操作法、操艦についての訓練を実施した。「うみたか」が所属する大湊地方隊の艦艇運航幹部に対して講習を実施した。あるいは潜水艦「ゆうしお」につきましては、この「ゆうしお」が所属する第一潜水隊群司令官から指揮下の各潜水艦乗員に対して教育訓練を徹底した、あるいは自衛艦隊司令官から注意を喚起した。
五十三年に我が方の駆潜艇「うみたか」が津軽海峡の西口で、訓練の終了後、錨地に向けて航行中、漁場に向かっていた漁船と衝突いたしまして、相手船が転覆し、一名の方が亡くなられました。これは我が方の判断及び処置の不適切ということが主要原因になっております。
さらには海上自衛隊の対潜水上艦艇の数ですが、これは総数で六十一隻と六十隻でほぼ同じなんですけれども、当時は護衛艦が四十九隻、うちミサイル装備艦が五隻、それと小型の駆潜艇十二隻。そういうふうな構成から現在では護衛艦が六十隻、うちミサイル装備艦が三十隻。実質的に数量、性能ともにこれは増大しているわけですね。それから対潜哨戒機、これは数量からいきますと百十四機から八十一機に減っているわけですね。
○西廣政府委員 今先生、自衛隊がつくっておる護衛艦といいますか対潜艦艇は、かつて四百トンの駆潜艇しかなかったというように言われましたが、対空ミサイルを積んだ護衛艦というのは、昭和三十三年だったと私は記憶しておりますが、それが最初でございまして、ターターを積んだ船をつくった。以後、ターター艦というものを整備してきたわけでございます。
○柴田(睦)委員 防衛計画が作成された当時ですが、当時は対潜水上艦艇というのは四百トンクラスの駆潜艇でありました。それが更新されて千五百トンから五千トンクラスの護衛艦になりました。今度はさらに七千トン級のエイジス艦になるということであります。ここまで来ますと、その装備の目的が変わらないということ自体が問題であります。 これを予算の面から見ますとどういうことになるか。
それが三十隻、合わせて六十二隻、約六十隻ということで当時の大綱の数字が決められたものでございまして、当時持っておる駆潜艇を含めた数が六十隻ほどあったから六十隻という数字を決めたというものではございません。
そのほかに駆潜艇がございまして、当時駆潜艇は四隻を一隻の護衛艦に換算いたしておりましたが、四隻加えますと四十八隻分の護衛艦がおったということにお考えいただきたいと思います。 それから一方、固定翼対潜機でございますが、固定翼対潜機は当時百二十六機持っておりました。一方、その固定翼対潜機の大綱水準というのは百機ということで現在決められております。
大綱のとき六十隻と決めたのは、要するに、当時の護衛艦とそれから駆潜艇の十二隻が含まれてほほ六十隻というのが数じゃありませんか。それをあなた方はいつの間にか、この駆潜艇というのは当時四百トン級ですね、これを全部なくして全部護衛艦にして六十隻にしようと。それではやっぱり時間もかかるしお金もかかりますよね。だから、当時からすると相当の……、総トン数で言えばどうなりますか。
このうち、護衛艦、潜水艦あるいは駆潜艇、魚雷艇、こういったものにつきましては、従来から武器に該当する船ということで「武器」と読んでおったわけでございます。したがいまして、それらを除いたものが今回防護対象に追加される、こういうことになるわけでございます。そのほかに、海上自衛隊の支援船その他ということでございますが、曳船、水船、油船、交通船等々約三百二十隻程度ございます。
予定しております船は五隻ございまして、現在のところ、花川丸、清澄丸、駆潜艇第二十九号については終了しまして、現在愛国丸、愛国丸に一番御遺骨が多いということでございますが、これを実施中でございまして、昨日現在で二百七十七柱の遺骨を収骨したという報告を受けております。この作業は二十八日まで続けまして、焼骨追悼式を行いまして、八月一日にはこちらに帰ってくるという予定になっております。
もっと具体的に言うと、津軽海峡を封鎖するときなんか、いろいろな点で駆潜艇の寄港地になるのじゃないか。もっと恐ろしいのは、太平洋、日本海、津軽海峡、オホーツク海で今暗躍しているアメリカ潜水艦の寄港地、補給地、修繕港、乗組員の休養、こんな軍事目的、これが今関根浜の港をつくる意味じゃないかなということが下北半島でやや常識になりつつあるわけです。
それやこれや考えてみますと、とにかく起きないことをまず大前提にして考えなくちゃなりませんし、そしてもう一つは、そのシーレーンを防衛するために必要と思われる航空機にしても護衛艦にしてもあるいは駆潜艇にしても、相当数やはり配備しなきゃならぬということになると、先ほどもどなたかおっしゃられたように、むしろ軍拡の方向へ日本自体が進む危険性が出てくるんじゃないか。
潜水艦を駆逐する一つの方法として、駆潜艇というのがある。全然話にならないわけでしょう、速力の点から言ったら。ソビエトの原子力潜水艦、水中もぐって三十五、六ノット出るわけです、追いつかない。じゃ、駆潜艇というのは一体何をする役割りなんだろうか、こういう問題も実はある。だから、だんだんそれがふくらんでいくんじゃないかということにかかわり合いを持ってくるんです。
それから、訓練期間中におきましては訓練海域に特別に見張りのための艦艇、これは駆潜艇というものでございますが、これを二隻派出いたしまして、これが常時見張りをしておるという状態でございます。
御指摘のありました点、確かに不備な点があるわけでございまして、駆潜艇の能力の改善の問題、あるいはレーダーサイト等の防御力強化の問題、抗堪性と言っておりますが、そういった問題、本年度予算で短SAMやスティンガーとか初めてお認め願いまして、やっと着手したばかりでございます。そういった点にさらに思いをいたして進ませていただきたいと思います。
駆潜艇がありますね。これは爆雷を投下して潜水艦をぶっ壊すものでしょう、はっきり言えば。ところが潜水艦の方の速力が速いんですよね。アメリカにしてもソビエトにしても、水中速力三十ノット以上。その駆潜艇は二十ノットしか出ない、日本の場合は。これじゃ全然役割りが果たせませんね。そういうむだなものをなぜつくるのだろうという疑問が別な面から出てくるのです。駆潜艇の役割りは全然果たせません。
しかし、いまわれわれのように他国を侵略する意図はない、専守防衛で今度も国是としてやりたいんだが、何とかしてひとつ払い下げるような駆潜艇というものを日本がくれないものだろうかということになれば、私はこの憲法前文の自国のことのみ考えて他国を無視してはならぬということに当てはまると思いますよ。
当日、駆潜艇「うみたか」は、津軽半島西方の海域の日本海上で訓練を行いまして、訓練が終了いたしましたので仮泊地に戻るべく東北東に航行しておって、小泊村沖合いで漁船と衝突をしたわけでございます。 その間の航行の形態についてのお尋ねですが、四隻の駆潜艇の間隔がおよそ千ないし二千メートル、ほぼ一列で航行しておりまして、「うみたか」はそのうちの三隻目におったわけでございます。
最初のドックにつきましては、一−三号につきまして、もし現地協定が締結されれば使用をさせていただけることになるわけでありますが、このそれぞれのドックの大きさが違いますので、現在考えている予定といたしましては、第一号ドックにおきましては護衛艦、いわゆるDEクラス、中型でございますが、それと特務艦、すなわちいわゆるLSTのような輸送艦を含むものでございますが、それと駆潜艇、こういうようなものの造修に充てたい
○宮崎正義君 それは私、そこへ立ち会ったわけじゃございませんから時間はつぶさじゃございませんけれども、私の聞いているところによりますと六時というふうになっておりますが、それは一時間の違いといえば、海上で一時間の違いといったらたいへんなことでございますが、かりに七時であったところにしても、しかし六カ月であり、二回訓練したから、実戦訓練を持っておるからという説明がありましたけれども、それではこの駆潜艇の
本年の一月三十日に海上自衛隊の横須賀地方隊所属の第一駆潜隊、これは四隻の駆潜艇からなっておりますが、この駆潜隊が野島崎沖で爆雷の発射訓練を行ないました。その際爆風によって一名が負傷し、一名が死亡いたしました。死亡いたしましたのは坂本一等海士であり、負傷いたしましたのは松本三等海曹でございます。 そこで、事故が起きましたときの状況を簡単に申し上げますと……。
最初にお伺いしますのは、ことしの一月三十日に野島崎灯台沖で発生しました駆潜艇の「きじ」の事故について伺いたいのでございますが、新聞報道は、兄出しを入れまして、遠くからですからごらんになれるかどうか、一段のほんとのわずかな記事しか出ていません。
結局築城を立った飛行機は約七千フィートあるいは九千フィートの高さをもって、三百六十ノットの早さで野母崎を通過して第一回の攻撃訓練を、対馬の近海で掃海艇を行なって、そしていまあなたがおっしゃるように、宇久島の先に護衛艦がいたのを実は見過ごしているというか、UF、哨戒機がいたために危険だという判断に立って実はそこを通り越しているわけでありますけれども、その後壱岐のほうへ行って、第二回目の攻撃訓練として駆潜艇
○久保政府委員 駆潜艇は対馬と長崎の間くらいにおりました。これを攻撃をいたしております。それから対馬の北方に護衛艦がおりましたけれども、この場合には飛行艇が付近におりましたので攻撃をいたしておりません。それから壱岐の南のほうに駆潜艇がおりまして、これに対する攻撃を行なっております。
○鈴切委員 このときにF86Fの行動の概要といたしまして、護衛艦と駆潜艇と掃海艇がその対象の船になっておるわけでありますけれども、それの当時、誤認攻撃をしたときの護衛艦並びに駆潜艇、掃海艇の位置はどこにあったか、その点についてお伺いいたします。
そして、その具体的な対策としては、これは防衛庁の長官の談ではありませんが、もろもろの調査によりますと、まずP2V対潜水艦の哨戒機と駆潜艇の配備、ナイキハーキュリーズとホーク射撃場の建設、海上自衛隊の対潜水艦部隊と陸空のミサイル部隊を中心としている、こういう計画がこれは常識として公表されているわけですけれども、このことについては皆さん知りませんか。
ところで、昨年の十一月九日付の東京新聞では、防衛庁が硫黄島に海上自衛隊の対潜哨戒機P2V機一飛行隊を進出させ、父島二見港には駆潜艇の基地を建設する。それから硫黄島と父島に四隻から六隻の駆潜艇を派遣して、太平洋海域での日米両軍の対潜能力の向上をねらっておる。また、ナイキハーキュリーズ、ホークの試射場建設をも計画しておるという東京新聞の報道であります。
たとえば可能性として、対潜水艦の警戒基地、これはP2Vの哨戒機あるいは駆潜艇の配置というものが必要ではないかと考えられているとか、または地対空ミサイルのナイキ・ハーキュリーズの試射場にしようというようなことが考えられているとか、具体的にそういう問題が俎上にのぼっておるんじゃないですか。
海上自衛隊につきましては、昭和三十五年度に着工しました護衛艦「あまつかぜ」の就航によりこれを第一護衛隊群へ編入し、また、昭和三十六年度に着工しました潜水艦「おおしお」の就航により第二潜水隊を新編し、第一、第二潜水隊及び潜水艦関係陸上部隊を改編いたしまして第一潜水隊群を新たに編成し自衛艦隊の編成に加えましたほか、甲型警備艦一隻、甲II型警備艦一隻、潜水艦一隻、甲型駆潜艇一隻、中型掃海艇二隻、支援船六隻